うちの叔母の家の近くには、川の流れが大きく歪み地面が削れたところがある。昼でも暗く、流れのない澱んだ淵になっていて「緑が淵」と呼ばれている。水の色が緑だからその名があるのだろう。
水死体も多く流れ着く場所で、地元でも忌み嫌われていた。俗に言う魔所だ。しかし、実はこの場所にはもう一つの呼び名があり「赤子淵」という呼ばれ方を以前はしていた。
かつて飢饉の頃、間引いた赤子をこの淵から流す習慣があり、その過去の事実からの呼称らしい。そこには今も赤子たちの亡霊が出るとの事で、叔母は絶対に近寄ってはいけないと念を押していた。
ある年の夏、私と従兄弟でその赤子淵で深夜の肝試し水泳をやる事にした。その日は妙に明るい月の夜だったと記憶している。私と従兄弟は赤子淵に思いっきり飛び込んだ。
「ほうら、なんともない、亡霊なんて嘘っぱちだい」
「そうだよな!夜中の水泳って気持ちいい〜」
冷たい水は気持ちが良かった。昼間、山を駆けて火照った肌が冷たくなっていくのを実感した。
蒸し暑い夜だった事もあり、爽快な気分になった二人は、もう魔所を征服した英雄気分であった。泳ぎ疲れた私と従兄弟は岸辺にあがる事にした。
「あっ痛い」
私は右足に痛みを感じた。ちょうど小指のつけね辺りである。更に足の親指がねじ切れるような痛みが継続的に走っている。
私はゆっくりと右足を水中から引き抜くと、月明かりに右足をさらした。なんと赤ん坊が私の足の親指にかぶりついていたのだ。歯の無い口で、まるで乳首に吸い付くように赤子が足の親指に吸い付いている。
「うわーっ、なんだこいつ」
月の光りで全身がヌメヌメと光る赤子が、魚類のような目玉で私の顔を見つめた。
「赤ん坊だ、はっ早く捨てろ〜」
私と従兄弟は、赤子の口から私の足の指を引き抜くと、狂ったように逃げ出した。
それ以来、私の足の指は奇妙に変形してしまった。まさか赤子の亡者に吸われたと言っても誰も信じないだろうが。