昨年の大晦日、フロイド・メイウェザーに1R2分19秒、3度目のダウンを喫してセコンドがタオルを投入し、TKO負けとなった“神童”那須川天心。この試合は、ボクシングルールのエキシビションマッチ(非公式試合)だったため、天心の不敗神話に“表向き”は傷がつかないが、天心の“心”には一生残る敗戦となってしまった。それはRIZIN側も天心も「これは真剣勝負」「エキシビションという言葉は逃げているようにしか思えない」と戦前、繰り返し強調していたからだ。
「お前は強いヤツとはやらなきゃダメだ」
これはTEPPEN GYMで父・那須川弘幸会長がよく話している言葉。今回のメイウェザー戦はまさに願ってもない「強いヤツ」との対戦だった。しかし、RIZINの榊原信行実行委員長が「我々の希望が通ったのは3割程度」「ファイトビジネスの中でのパワーバランスで、メイウェザープロモーションという巨大な力を持ったプロモーションに向き合うための力をもっとRIZINはつけるべき」と話していたように、RIZIN側は北米やカナダ、メキシコで放映することができなかった。ルールも当日、グローブハンディだけ合意させたが、メイウェザー側の条件を事実上、丸呑みせざるを得なかった。
さらに、前日に行われるはずだった公開計量も非公開だった。当日、両者の体重には10kg程度の差があったという。またメイウェザー側の理不尽な要求は試合直前まで続いていたようだ。「ホントに試合前から来るのか来ないのか分からないし、バンテージを巻き直しましたからね。そっちが遅れてるのにふざけんなって感じじゃじゃないですか」と嘆いた。
報道陣からは笑いが起こっていたが、その一部はテレビでも伝えられており、さすがに天心側もイラ立ちを隠せなかった様子。この状況下にありながら、ストレートを一発当てた天心は大したものだ。あのストレートは逆にメイウェザーの“心”に一生残るはずだ。ただ純粋に「強いヤツ」とやりたかった天心にとって、メイウェザーという“禁断の果実”はやっかいな相手だったと言えるだろう。
「また次も頑張れる気がしますし、もう怖いものはない」
「もっと強くなりたい」
「メイウェザー選手の技を盗めたかなと。やられたことは絶対忘れないんで、それを全部吸収して他の選手にやってやろうと思う」
試合直後は「イケると思っていたので、悔しかった」とリング上で号泣した20歳の青年は、時間が経ってインタビュールームに現れると、いつもの“神童”モードに戻り、前向きな発言をしていたのはさすが。天心は会見後、報道陣から拍手で見送られていた。
今年はキックボクサー最強を再証明すべく、かねてから開催を訴えてきたRIZINやRISEでのキックの世界トーナメントが、RISE3.10大田区総合体育館大会から開幕する。天心が参加する58kg級トーナメントには、天心の他に志朗、ロッタン・ジットムアンノン、スアキム・PKセンチャイムエタイジム(以上タイ)、フレッド“The Joker”コルデイロ(ポルトガル)、フェデリコ・ローマ(アルゼンチン)、タリソン・ゴメス・フェレイラ(ブラジル)の計7選手の参加が決定した。
残り1人は後日発表の予定だが、ロッタン、スアキム、フレッドは天心と対戦し、判定まで持ち込まれた難敵だ。特にロッタン戦は試合後欠場に追い込まれているだけに、天心にとっては決勝でロッタンを相手に“快勝”し、キック世界最強を再証明するとともに、やり残した“あの”カードについて踏み込みたいところ。
「天心なら何かをやってくれるはず」
そんな国民の思いを胸に、メイウェザー相手に“純粋”な気持ちで闘った天心は、完膚なきまでに敗れ去ったが、正直者がバカを見ることの美学を教えてくれた。2018年の大晦日、さいたまスーパーアリーナにカネの雨を降らせたのはメイウェザーではなく、日本の那須川天心という20歳の青年だということを我々は忘れてはいけない。天心が全盛期を迎えるのはまだまだ先のこと。自らが成長するために、これからも「強いヤツ」と闘い続けていく。
取材・文 / どら増田
写真 / 山内猛