爆笑問題は1988年にプロデビュー。ニュースを斬る社会派の漫才を得意とし、太田プロに所属していたビートたけしらのツービートの再来かと期待されていた。ただ、人気が出始めた1990年に突如、独立する。これが事務所に筋を通さない一方的なものであったため、爆笑問題は以降、数年間に渡って仕事を干されることになった。
図らずも、闇営業問題に揺れる吉本興業で巻き起こっている内紛と似たケースであると言えるだろう。この日の放送では改めて独立の経緯が語られた。
太田は「うちのマネージャーが勝手に、この業界を辞めますといって辞めたんだよね。俺らは先に、付いて来てくれと言われていたけど。きちっと(新たに)芸能事務所を始めると話をつけてくださいね」と確認したようだ。ただ、当のマネージャーは業界自体を辞めると告げ、祝福されて辞めたようだ。さらに、当のマネージャーは「ボリショイサーカスを観に行くためアメリカに高飛び」してしまったという。
そのため、爆笑問題が、太田プロの社長・副社長を前に経緯を説明し、5時間くらいの話し合いを持ったという。さらに、太田は前日に松村宅に電話を掛け、「松村くんごめん。俺、明日太田プロ辞めるんだ」と報告していたようだ。
この経緯について、松村は自身の得意な日本史ネタに例え、「乱を起こしても成功したのは西島秀俊さんと爆笑問題さんくらい」「勝てば官軍で革命となる」と評していた。
これを受け、ネット上では「松村、仁義に厚いな」「こういう経緯があったから太田は吉本芸人の気持ちもわかるんだろう」といった声が聞かれた。図らずも芸能史の知られざる一面を知る夜となった。