「BEHOLDER」は小型核兵器を持つ核科学者と国際テロ組織を同時に暗殺するという至難のミッションに挑む。核科学者側には天才的なハッカーがおり、監視カメラをハッキングしてゴルゴ13を監視する。街中に監視カメラが溢れる現代ではSF小説で描かれたような監視社会が現実化していることを警告する。自らの記録を残すことを嫌うゴルゴ13でも街中の監視カメラからは逃れられない。
IT技術で武装したハッカーに対して、ゴルゴ13もIT技術で対抗するが、その一方でアナログな対抗手段を駆使する。それは「木を隠すなら森の中」という戦術であった。天才ハッカーを主人公とした龍門諒原作、恵広史作画のサスペンス漫画『BLOODY MONDAY』でも主人公の正体が露見しそうになった際に偽情報を大量に拡散することで攪欺いた。それ以上にゴルゴ13の戦術はアナログであった。
「世界的大流行」は鳥インフルエンザのパンデミックから、新薬の特許権の強制実施権、ブラジルの大統領選挙につながるスケールの大きな話である。ブラジルの野党政治家が経営する製薬会社で鳥インフルエンザワクチンの違法コピーを大量生産し、それで得た人気で大統領の座を狙っていた。現大統領はゴルゴ13に政敵の暗殺を依頼する。
暗殺を生業とするゴルゴ13は法的には犯罪者であり、自身が正義であると正当化することもない。それでも、暗殺対象は社会が裁けない権力者などが中心で、勧善懲悪に近いカタルシスはある。ルール違反の依頼者はゴルゴ13に報復されるなど、独自のモラルも存在する。金のために誰でも殺し、殺人テクニックを見せ場とする作品では決してない。
しかし、「世界的大流行」では大企業と癒着した腐敗政治家の依頼で、その政治家を糾弾する野党政治家を暗殺する。野党政治家は不法な手段で他社の企業秘密を入手し、権力願望が強いなど良心的な政治家としては描かれていない。それでも彼の主張は貧困層をはじめとする大多数の国民の利益に合致しており、ゴルゴ13による暗殺遂行を素直に喜べない。ゴルゴ13に失敗はないが、依頼承諾時のゴルゴ13の言葉が伏線となったドンデン返しの展開となり、ゴルゴ13に社会派的なモラルを期待する読者も納得の結末が用意されている。
「プリンセスの涙」は英国のチャールズ皇太子やダイアナ妃、カミラ夫人をモデルとする。今は亡きプリンセスの注文で作った涙型のダイヤのペンダントを現在の皇太子婦人が身に付けていた。宝飾デザイナーはプリンセスのためペンダントの消去を依頼する。
英国王室に新しい空気を持ち込んだダイアナ妃に対しては保守層から激しいバッシングがなされたが、この作品では昔気質の宝石職人がダイアナ妃の支持者であることが興味深い。保守的とされる英国の人間味あるモラルが描かれている。
(林田力)