魚拓というのは、原寸大でなければいけないわけのものであって、縮小コピーして飾っていいなどという太公望はいない。ここの大将はよほどの腕前なのか、壁を埋め尽くす巨大な魚拓のシーツに囲まれて飲む次第となった。
接客は女将さんの担当。“仲間”が見えれば、厨房担当のご主人と攻守交代するのでしょう。実益も兼ねた釣り人口は多く、お仲間は遠方からもみえるという。りんかい線の開通で、大井町は準ターミナルといっていいほど便利になったことでもあるし。太刀魚の刺身を勧められる。こういうかたち(ご主人の釣果)でなければ、なかなか刺身として供せられない、とのことなので頂戴(ちょうだい)してみる。身は堅くて淡白。
淡白といえば豆腐。豆腐といえば小津安二郎(映画監督)。他に客とていない居酒屋で、男ふたりして燗酒を注いで注がれてしていると、しみじみするねえ。しすぎるねえ。あのさ、小津の「秋刀魚の味」の2階建ての家ね、映画どおりに図面引くと、上で着付けをした花嫁姿の岩下志麻(女優)は下に降りてこられないことになるんだって。それって遺作に託した遺言だよね。なにがってさ、登場人物、風景、台詞、道具、衣装、映画音楽でできてる物語が虚構だということをね、建てられない、建っていない家を見せて種明かしというわけさ。ややこしい? ややこしいのは君のほうでしょ。なに、その俳句もどき。
箸(はし)袋に<太刀魚で曲がれませぬが宜(よろ)しいか>なんて書いて。そんなのおれだって、できますよ。
<すびません、ここ帰ります、お勘定>
予算2600円
東京都品川区南品川5-11-42